

旧藩主の下屋敷で、槻(けやき)御殿の名のほかに黒門外(前)屋敷とも称されたが、現在は楽々の間にちなんで楽々園と呼ばれている。1677年彦根藩第四代藩主直興により造営が始まり、1679年に完成、その後数回にわたり増改築が行われ、往事には能舞台を備えた広大な建物であったが現在では御書院、楽々の間等の一部が残っている。
戦後、松原内湖が埋め立てられて、全く景色が変わってしまったが、この屋敷からの内湖の眺めは伊吹山や佐和山、磯山等を望んで非常に美しかったので、楽山楽水の意かとも思われる。また”民の楽を楽しむ”という藩主の心を表したものでもあろう。庭は枯山水で、布石の妙を秘めている。
開国の英傑井伊直弼も1815年10月29日に父直中の14男としてこの屋敷で生まれた。
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| 御書院 |
楽々の間 |
枯山水 |