元来鐘の丸にあったが、鐘の音が付近の岩盤に反響して破れることが多かったので井伊直滋の考案により現在地に移して後は破れることがなくなったという。現在の鐘は12代藩主直亮の時の鋳造で黄金を多量に鋳込んだため音色が美しく一里四方に響いたという。 現在も、日に5 回その音色は、城下町に時を伝えている。