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舟橋聖一文学賞・舟橋聖一顕彰文学賞の経緯
故舟橋聖一先生の名作「花の生涯」は、NHKの大河ドラマ第1作として昭和38年に放映され、大老・井伊直弼はじめ彦根城ならびに彦根市の名が全国的に知られることとなり、本市の発展に大きな力となりました。彦根市では、先生のこのご功績をたたえ、昭和39年6月に、本市で最初の名誉市民の称号をお贈りし、市制50周年の昭和61年度に近隣の府・県の小・中・高生を対象に読書創作活動の振興のため「舟橋聖一顕彰文学奨励賞」を、平成元年には、全国の30歳までの青年を対象に文学の登竜門として「舟橋聖一顕彰青年文学賞」を設け、作品募集を行い「文化の香り高いまちづくり」に努めてきました。
また、舟橋聖一文学賞は、私たち彦根市民の象徴である彦根城天守が完成してから、平成19年はちょうど400年という節目の年にあたります。この記念すべき年に、文化の振興の面から、新たな飛躍と発展をめざし創設した賞で、これまでの「文学奨励賞」、「青年文学賞」のような公募式でなく、基準日を設け、その基準日より前の一年間に新しく単行本として刊行された優れた小説を対象とし、賞を授与することにより文学界に貢献するとともに、この「舟橋聖一文学賞」が「文学奨励賞」、「青年文学賞」に応募される方の刺激となり、創作活動の目標、励み、また、広く地域文化の振興が図れるよう期待し創設したものであります。
作家 舟橋聖一
明治37年(1905年)、東京に生まれる。水戸高校時代から文学に傾倒。東京帝大国文科在学中、村山知義・川原崎長十郎らと劇団「心座」を結成し、新劇活動に没頭した。卒業後、明治大学で教鞭をとりつつ「文芸都市」、「近代生活」等の同人に参加。処女出版は、昭和5年(1920年)の戯曲集『愛慾の一匙』である。昭和9年には雑誌「行動」に『ダイヴィング』を発表、行動主義を提唱し反響を呼び、翌年「文学界」の同人となった。戦時中『悉皆屋康吉』を脱稿し、作家的地位を不動のものとした。 |
戦後、昭和27年(1952年)から10年間書き続けた「夏子もの」では、日本の季節感を濃淡鮮やかに描き、39年(1964年)『ある女の遠景』で毎日芸術賞を受けた。同年6月、開国の英雄・井伊大老を描いた『花の生涯』創作の功績により、彦根市名誉市民に迎えられ、41年には日本芸術院会員となった。この頃から眼を患い、不自由な口述筆記で完成した『好きな女の胸飾り』で42年度の野間文芸賞を受賞。また50年(1975年)には文化功労者に推戴されたが、翌年1月13日急性心筋梗塞により、71歳の生涯を閉じた。 |
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