彦根城博物館だより

Hikone Castle Museum News 21

1993.5.1


button 住吉社頭・須磨明石図屏風
button テーマ展龍 草廬
button テーマ展江戸美術と中国画題
button テーマ展極楽寺の歴史と美術

細部へのこだわり
住吉社頭・須磨明石図屏風

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 屏風の両隻(りょうせき)にひとつずつ「山雪」という印が押されています。桃山画壇の巨匠といわれる狩野山楽(かのうさんらく)の養子の狩野山雪(さんせつ)(1590〜1651)のことですが、山楽の影響を多分に受けながらも、独自の画風も形成し、寛永期を代表する画家として評価されています。

 さて、大阪の住吉神社も兵庫の須磨明石も名所絵の好画題であったようで、数多くの作品が残されています。しかし、近世初期においては、住吉神社は四天王寺や和歌浦と組み合わせて描かれることが多く、この作品のように大阪湾の両端の景観を組み合わせる例は珍しいといえます。また、正保4年(1647)、山雪が法橋(ほっきょう)位に叙位された際に制作した屏風の中に、「須磨明石・和歌浦図」が含まれていたという記録が残っています。

 左隻では密集する松の縁が目をひきますが、その幹や枝ぶりは謹直な線でかなり緻密(ちみつ)に描きこまれています。丹念な筆づかいは参拝する人々にも及んでいて、わずか2、3センチの人物に目鼻や着物の柄までも細かに描きこんでおり、執拗(しつよう)といえるほど細部へのこだわりが感じられます。個々の人物を服装等ではっきりと描き分けている点では風俗画的要素があるといえます。淡々とした表現で動きもおおげさではないことから、華やかで人物の描画を主眼としたいわゆる近世初期風俗画とは異質のものといえるでしょう。一方、右隻では手前に茫洋(ぼうよう)たる海が広がっており、水墨山水図に近い静謐(せいひつ)な画面となっています。人物の表現に見られた細部への関心は弱まり、色調もおさえているために周囲の風景にとけこんでいる感があります。

 山雪といえば、金碧の濃彩画に見られるような奇怪ともいえる作品がうかび、この作品はそれらとは趣を異にします。しかし、丹念な描画という山雪の特色がうかがえる貴重な作品であるといえます。

(高木)

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右隻「山雪」印

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テーマ展
龍 草廬
−京から招いた彦根藩儒学者の軌跡−
 期間 1993年7月18日(日)〜8月16日(月)

 龍草廬(たつそうろ)は、正徳(しょうとく)5年(1715)京都伏見の御香宮(ごこうのみや)門前に生まれた儒学者です。幼少の頃から勉学に励み、のちに江戸時代中期の京都を代表する学者として知られるようになりました。

 その名声は彦根藩にもとどき、寛延(かんえん)3年(1750)、時の藩主井伊直定の招きにより進講し、宝暦(ほうれき)6年(1756)には正式に藩の儒学者として採用され、現在の彦根市立病院の旧下本町側前にあった居宅に住んだと伝えられています。以来約20年間、彦根の人となり、儒学の指導者として多くの門人を得て活躍し、当地にも多くの足跡を残しています。

 このテーマ展では、龍草廬の詩文や歌を認めた書と著作を中心に、京・彦根での活動を紹介します。

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テーマ展
江戸美術と中国画題
−人物−
 期間 1993年5月13日(木)〜6月14日(月)

 中国の有名な故事人物や仙人などは、わが国において漢画の画題として愛好され、多くの作品が作られました。このテーマ展では、特に時代を江戸にしぼってさまざまな作品を紹介します。

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テーマ展
彦根の寺社
極楽寺の歴史と美術
 1993年6月17日(木)〜7月11日(日)

 彦根市極楽寺町に所在する医王山(いおうさん)極楽寺(高野山真言宗)は、行基が開いた近江四十九院のひとつと伝えています。残念ながら古代・中世の歴史は明らかでありませんが、江戸時代の貞享(じょうきょう)5年(1688)に京都嵯峨大覚寺の直末寺(じきまつじ)となり、18世紀のはじめごろ64世覚昌(かくしょう)により伽藍(がらん)が整備されて、現在の基礎がつくられました。

 極楽寺には、平安時代の中ごろに造立された地蔵菩薩立像(彦根市指定文化財)に代表される多くの仏教美術が伝えられています。このテーマ展では、秘仏本尊薬師如来立像が約60年ぶりに公開されるのをはじめとして、極楽寺に伝来するさまざまな作品を一堂に会して紹介します。

■関連講座

1993年6月26日(土) 午後2時から
「極楽寺の歴史と美術」
  講師 本館学芸員 齋藤 望

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