1994.2.1
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将軍家光からの親書 |
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家光と直孝
将軍家光からの親書
彦根藩の2代藩主井伊直孝(なおたか)は、その父直政(なおまさ)とともに彦根藩の基礎を築いた人物として知られています。徳川秀忠(ひでただ)・家光(いえみつ)・家綱(いえつな)の3代にわたる将軍に仕え、いわゆる譜代大名(ふだいだいみょう)筆頭という家格が不動のものとなったのも、この直孝の時代でした。
直孝は直政の2男として生まれ、生母が兄直継(なおつぐ)の母の家来印具徳右衛門(いんぐとくえもん)の娘であったため、幼年期は父直政から離れて暮らさなければならず、6歳の時初めて父と対面し、上野国(こうづけのくに)(群馬県)箕輪(みのわ)付近の庄屋に預け養育され、直政の許に呼び寄せられたのは12歳の時でした。
直孝は父直政の死後、慶長8年(1603)に初めて徳川家康に御目見、以後彦根藩を離れ2代将軍秀忠のもとで書院番・大番頭を歴任しました。慶長18年には伏見城番を命じられ、大坂攻めの準備をすすめていたようです。慶長19年(1614)、大坂の陣には、当時の彦根藩主井伊直継に代わり彦根藩の軍団を率いて出陣しています。
大坂の両陣での目覚ましい功績により、直孝は名実ともに彦根藩主となり、秀忠の時代には、松平忠明(ただあき)とともに当時最もすぐれた軍団とみなされていました。寛永9年(1632)1月大御所秀忠が最後に直孝と忠明に幕政参与を命じて、将軍家光の貢献を託したのは、秀忠の死後、幕府と諸大名との軍事的緊張に対処するためだったのでした。
しかし、秀忠亡き後の家光は、秀忠側近であった直孝を始めとする家臣たちと意見が合わず、当時江戸にいた細川忠興(ただおき)が子息忠利(ただとし)に宛てた書状によれば、翌寛永10年11月には、直孝が家光に「遠慮」しており、また「いにしえより、様々こまやかなる儀も御耳に立ち、又もれ(漏)候事もこれあるよし」と伝え、12月にも、江戸の年寄衆を家光が気に入らず、なかでも直孝は「御直(じき)に事の外御しかり(叱)なされ候」というありさまでした。
このような状態は翌寛永11年も続き、家光が上洛した7月頃には、直孝に関する噂が飛びかい、細川忠興は直孝のことは「この分にてとまり申すべく候や」と忠利に報せています。家光と直孝の関係が回復するのは、寛永12年以降のことでした。
上部写真のの徳川家光書状は、年紀はありませんが、ちょうどこの時期のものと考えられます。
書物ひけん(披見)候、もんこん(文言)いろいろねん(念)入候事、一入(ひとしお)まんそく(満足)此御事候、其方事何様にみゝ(耳)ニたち(立)申候とも、ちき(直)にたつね(尋)可申候間、こゝろやすく(心安)あるへく候、恐々謹言、 二月廿七日 家光 (花押) 井伊かもん殿直孝は、様々な噂について家光に自身の立場を弁明したのでしょうか。家光は、直孝の手紙に満足したこと、直孝のことでどのような噂が耳に入ったとしても、直接そなたに尋ねるので安心するようにと、自ら筆を執っています。大きくおおらかな筆づかいで書かれたこの親書には、家光の直孝に対する深い信頼が示されていたのです。
その後、直孝はこの家光の信頼に応えるように、幕府の重職を全うし、万治(まんじ)2年(1659)、70歳で亡くなるまで終生江戸を離れなかったのです。
(母利美和)
※「 」内の引用文は和漢混淆文のため、読み下しています。
雛と雛道具
期間 1994年2月4日(金)〜3月7日(月)彦根藩13代井伊直弼(いいなおすけ)の二女が、高松藩の松平家へ輿(こし)入れしたとき持参した85件の雛道具を中心に、県下に伝わるさまざまな形態の雛人形を紹介します。
なお、この期間中、安政7年(1860)3月3日に井伊直弼が暗殺された事件、桜田門外の変の顛末(てんまつ)を描いた『桜田事変絵巻』も第六展示室であわせて展示します。
桜の美
−井伊家伝来能装束から−
期間 1994年3月10日(木)〜4月12日(火)
春を盛りと咲き誇る桜の花は、さまざまに日本の風景を彩ってきました。桜は季節の到来を印象づけるもっとも身近な花のひとつといえるでしょう。
桜の花は、なにげない身辺の草花に美を感じ、それを造形化する和様の美の絶好の主題のひとつです。
恒例のテーマ展「桜の美」は今年で3回目を数えます。今回は、井伊家伝来の能装束に焦点をあて、その魅力をさぐります。
春たけなわの華やかな気分をご満喫下さい。
井伊家伝来の茶道具(5)
花生(はないけ)と水指(みずさし)・建水(けんすい)
期間 1994年4月15日(金)〜5月16日(月)
井伊家伝来の茶道具シリーズも、第5回を数えることになりました。今回は数ある茶道具の中から花生と水指・建水にスポットをあてます。花生は茶室の床の間に置き、時には掛けて室内を飾る茶道具。青磁や古銅など書院茶以来の伝統をもつ荘厳な花生のほか、片桐石州や井伊直弼自作の竹花生のようにわびた風情の作品があります。
水指は席中に用いて、釜に補給する水や茶碗・茶筅(ちゃせん)などをすすぐ水を貯えておく器。建水は茶碗をすすいだ湯水をすてる器。ともに台子(だいす)や長板に飾って皆具(かいぐ)を構成する茶道具です。数はさほど多くありませんが、銅や唐銅(からかね)などの金属のほか、瀬戸・湖東・亀山といった焼物、さらに七宝・木地曲物(きじまげもの)など、さまざまな素材のもので制作されています。
茶道具を器種ごとに、しかも網羅的にご覧いただくことのできる数少ないチャンスです。この好機にぜひご静観ください。