1994.5.1
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井伊家伝来の名宝 |
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大名道具の精華
井伊家伝来の名宝
このたび、故井伊直愛(いいなおよし)氏(井伊家第16代当主、彦根市名誉市民)のご遺志により、井伊家から彦根市へ膨大な数量にのぼる井伊家伝来資料が寄贈されました。
井伊家は、江戸時代を通じて代々彦根藩主をつとめました。譜代(ふだい)大名の格式を誇り、藩祖直政(なおまさ)以来、先鋒をつとめる武勇の家柄とされ、2代直孝(なおたか)のときには、彦根藩領30万石と幕府からの預かり米5万石の合計35万石の格式となったのです。
また幕府の大老、13代直弼(なおすけ)の事績によりよく知られるように、歴代藩主は将軍に近侍し、たびたび大老として幕政の重要な局面に参画しました。井伊家には、代々の藩主によって35万石の雄藩にふさわしい大名道具が収集されたのです。その内容をみると、日本美術のあらゆる分野に及んでいることに驚かされます。
大名家の常として、武家の表道具(おもてどうぐ)とされた刀剣や甲冑、馬具、弓具などの武器武具はいうまでもありません。大名として必須の能や茶の道具の数々、屏風や掛幅、巻子などの絵画や書跡、そして文房具から婚礼調度にいたる多様な作品があります。さらに、約3万5千件にものぼる古文書や典籍は、江戸時代の幕政や彦根藩政、そして幕末維新の歴史などを研究する貴重な史料です。
今これらが、大名家に伝来したまとまった資料の宝庫として、各方面から注目を集めているのです。
この企画展は、285件の作品を次の6つのテーマに構成して展示します(期間中3回の展示替を行ないます)。
(1)井伊家の歴史と彦根藩 (2)武家の備え (3)幽玄の美 (4)雅楽の伝統 (5)数奇の世界 (6)風雅のたしなみ井伊家伝来の名宝が一堂に会する絶好の機会です。お誘い合わせうえぜひご清鑑ください。
この企画展に関連して、井伊家伝来資料に関する記念講演会を4講座開催します。あわせてご聴講ください。
■関連講演会
1994年7月23日(土)午後2時から
「井伊家伝来の古文書について」
京都大学教授 朝尾 直弘氏1994年7月30日(土)午後2時から
「井伊家伝来の刀剣・国宗(くにむね)を中心に」
東京国立博物館工芸課長 小笠原 信夫氏1994年8月6日(土)午後2時から
「井伊家伝来・我宿蒔絵(わがやどまきえ)硯箱」
文化庁主任文化財調査官 鈴木 規夫氏1994年8月13日(土)午後2時から
「井伊家伝来の美術工芸品」
本館学芸課学芸員 齋藤 望氏
伊万里
期間 1994年5月19日(木)〜6月14日(火)
指ではじくと「キン」という金属音に近い硬い音がする磁器。この焼物がわが国ではじめて作られたのは、江戸時代初頭になってからのことです。そして、その輝かしい先鞭(せんべん)をつとめたのが伊万里焼でした。
伊万里焼は肥前国(佐賀県)有田一帯で焼かれた焼物ですが、近くの伊万里港から各地に積み出されたので伊万里焼と総称されています。当初、青い下絵付が特徴的な染付(そめつけ)磁器を主体に生産しますが、やがてカラフルな色絵磁器も手がけるようになり、開窯以来50年に満たない間に、ヨーロッパへ輸出をするまでに急成長します。それは、同時に日本各地への販路の拡大ともなり、その後に築かれた湖東焼など各地の焼物にも多大な影響を与えることになりました。
今回のテーマ展では、彦根および近郊に伝わる伊万里焼を一堂に展示します。土と炎が織りなす美の世界をご満喫下さい。
彦根の寺社
延寿寺の歴史と美術
期間 1994年6月17日(金)〜7月10日(日)彦根の寺社を紹介するシリーズの展覧会は、今年で6回を数えます。
延寿寺は、稲里町の荒神山(こうじんやま)の中腹に位置する臨済宗永源寺派の寺院です。創建当時の歴史は明らかではありませんが、寺伝では行基の開いた近江四十九院のひとつといいます。数多くの堂宇をもつ天台寺院でしたが、16世紀後半に兵火に遭い、衰退の道をたどっていました。17世紀半ば、これを嘆いた人々が再興をはかり、永源寺81世の如雪文岩(じょせつぶんがん)に懇願、如雪は弟弟子である拙心正千(せっしんしょうせん)に委頼しました。拙心は再興に尽力し、寺が禅寺として再び栄える基盤を築き上げたのです。
拙心は永源寺の中興の祖である一絲文守(いっしぶんしゅ)を師とし、のちには自身が永源寺の住持となるなど、延寿寺は本山の永源寺と密接な関係にあります。そのため、延寿寺には、開山拙心に関するもののみならず、永源寺歴代に関するものが伝えられています。また、南禅寺歴代の墨蹟、市指定文化財の仏像など、数多くの宝物が残されています。
このテーマ展では、これらの中から、代表的な作品を紹介します。
■関連講演会
1994年7月9日(土)午後2時から
「一絲の周辺」
花園大学国際禅学研究所所長 柳田 聖山氏