
2008.9.1
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| 研究余録 金亀玉鶴 | |
| 直弼のこころ−井伊直弼ゆかりの作品(2) | |
| 教育普及活動のひとこま |
人権学習シリーズ(9) 江戸時代の医療平成20年(2008年)9月4日(木)〜9月29日(月)
展示室1
町や村に医者が定着し、医療が地域に普及する一方で、人びとが現在よりもはるかに病いの脅威にさらされていた江戸時代。当時の医療技術や、医者の制度、医者と患者との関係など、江戸時代の医療のあり方を通して、現代の医療についても考えます。
●ギャラリートーク 9月6日(土)午後2時〜 学芸員 渡辺 恒一
シリーズ「直弼発見!」巻の3 井伊直弼の茶の湯 −一派創立と茶会記−平成20年(2008年)10月2日(木)〜10月28日(火)
展示室1
江戸時代後期を代表する大名茶人として知られる井伊直弼。
石州流に自ら一派を創ることを宣言した直弼は、点前や所作を探究して著作に著し、流儀としての「かたち」を整えました。弟子たちと営んだ数多くの茶会は茶会記に記録され、「一期一会」の場に込めた直弼の思いを今に伝えます。茶の湯と真摯に向き合った直弼の姿を紹介します。
●ギャラリートーク 10月4日(土)午後2時〜 学芸員 小井川 理
シリーズ「直弼発見!」巻の4 井伊直弼の家族平成20年(2008年)10月31日(金)〜12月1日(月)
展示室1
槻〔けやき〕御殿で父と暮らした少年の日、幼くして死別した母への思い、子どもたちの成長を気にかける親心、丹波亀山藩から迎えた若い正室―。家族への思いを認〔したた〕めた和歌や書状、妻子ゆかりの品を通じて、家族に見せた直弼の素顔に迫ります。
●ギャラリートーク 11月1日(土)午後2時〜 学芸員 野田 浩子
新収蔵の資料 −受贈・購入作品から−平成20年(2008年)12月4日(木)〜12月22日(月)
展示室1
平成13年以降に寄贈を受けた作品と購入作品の中から、彦根藩士家に伝来した甲冑・書画や書状、城下町の古文書など、彦根ゆかりの作品を紹介します。
●ギャラリートーク 12月6日(土)午後2時〜 学芸員 木 文恵
研究余録 金亀玉鶴井伊直亮と雅楽
陵王(その1) 陵王(その2)
奈良時代以来の永い伝統を持つ雅楽は、宮廷社会や寺社を中心に伝承されてきました。しかし、けして武家社会と無縁という訳ではなく、幕府では、寛永18年(1641)に京都・南都(奈良)・天王寺(大阪)の三方楽所〔さんぽうがくそ〕から楽人を江戸に下向させ、家康廟の祭祀や日光東照宮の祭礼、輪王寺〔りんのうじ〕の法会などに奉仕させていました(紅葉山楽所〔もみじやまがくそ〕)。また、朝鮮通信使などを饗応するために、江戸城で舞楽が催されることもありました。
一方で、大名家の道具に、しばしば雅楽の楽器が含まれているのを見ることがあります。源氏物語や古今和歌集を始めとする古典文学に、管絃や舞楽が取り上げられていることから、雅楽にも無関心ではいられなかったのでしょう。多くの場合、実際に演奏に使うというよりは、コレクションとしての意味合いが強く、古典の教養のひとつという範疇に納まっていたように思います。
そんな中にあって、彦根藩井伊家では、井伊直亮〔いいなおあき〕(1794〜1850)が収集した雅楽器が有名です。しかも実際に演奏に熱中したことは、彼あての伝授状や楽譜から窺え、それも、かなりの腕前だったようです。さらに驚くのは、舞楽も試みていたことです。井伊家伝来品の中に、舞楽面や、太平楽〔たいへいらく〕の袍〔ほう〕などの装束、迦陵頻〔かりょうびん〕や胡蝶〔こちょう〕の羽根などが伝えられているのです。大名としては異色といって過言でありません。
面は種類でいうと、陵王〔りょうおう〕2面、納曽利〔なそり〕3面、この他に、抜頭〔ばとう〕、採桑老〔さいそうろう〕、散手〔さんじゅ〕、貴徳〔きとく〕各1面の合計9面があります。このうち陵王と納曽利の各1面は、四天王寺に伝えられていた面を、天王寺楽所の東儀〔とうぎ〕俊寿(1785〜1849)が写させたもので、弘化2年(1845)頃に直亮の入手するところとなりました。これ以外の面も、江戸時代後期の一連の作と推定されます。
おもしろいのは、2つある陵王の作行きにかなりの差があることです。陵王は、工作としては、動眼・吊〔つ〕り顎〔あご〕とし、眼や顎が動くようになっていますが、前者(その1)の眼が、竹製のひごを軸にして上下に動くように作られているの対して、後者(その2)では、眼を紐で本体と接続しているだけです。古い作例では、竹ひごで固定する方法が一般的で、前者の方がより古例に忠実ということができます。しかも、後者では顎を切〔き〕り顎〔あご〕としており、全体としてかなり形が崩れていることが指摘できます。納曽利についても同様のことが言え、手本にする古例の存在の有無が、このような差を生んだのでしょう。
これらの面や装束、舞楽道具は、伝存状況からみると、まとまった道具の一部が残存したという印象があります。直亮が没して2年たった嘉永5年(1852)に、直亮の手許にあった舞楽と騎射〔うまゆみ〕の道具を書き上げたと考えられる道具帳には、平舞と蛮絵〔ばんえ〕の装束のほかに、陪廬〔ばいろ〕、八仙〔はっせん〕、羅陵王〔らりょうおう〕、納曽利、太平楽、迦陵頻、胡蝶の装束や道具が記されています。面は種類不明の11面と、八仙の面4具がありました。現在残されている面に対応する装束のすべてが書かれていないことや、ここには記載されていない還城楽〔げんじょうらく〕で使う蛇が現存することからすると、もっと大がかりな道具があったと考えることができます。直亮の舞楽への取り組みには、かなりの意気込みが感じられます。
それでは、いったい誰が彦根の雅楽を支えていたのでしょうか。彦根藩では、能役者は多数召し抱えられていましたが、雅楽の楽人が召し抱えられることはありませんでした。
直亮が主催する管絃の会に参加していたのは、曲名や楽器の担当を記した記録によれば、直亮自身はもちろんのこと、彼の伯父にあたる井伊直容〔なおなり〕や身近に仕えていた藩士たちでした。中には、雅楽の才能で下級藩士から特に小納戸役に取り立てられた者もいました。また、舞楽の配役を記したメモも伝えられており、ここに舞人として登場するのは、側役、小姓などの近習たちです。こちらはどちらかというと家格の高い藩士が多いようです。童子が舞う迦陵頻や胡蝶楽に、どんな子どもたちが出演していたのか知りたいところですが、残念ながら史料は見つかっていません。
彦根の雅楽は、直亮の個人的な嗜好により、彼の強いリーダーシップのもとで、ごく一部の藩士たちにより担われていたということができます。
雅楽に強く惹かれていた直亮ですが、一方で能にも興味を示し、狂言師として中世以来の伝統をもつ南都出身の脇本家や、京都で活躍していた茂山家を召し抱えています。また意外なことに、オルゴールを収集していたこともわかっています。日本の伝統音楽と西欧の音楽、彼の中でこの2つはどのように響きあっていたのでしょうか。
(齋藤 望)
直弼のこころ−井伊直弼ゆかりの作品(2)
井伊直弼書状
犬塚外記〔いぬづかげき〕宛て
手紙の差し出しの「柳和舎主人〔やぎわのやあるじ〕」は、強くしなやかな柳をこよなく愛した直弼の雅号〔がごう〕。宛名の「犬塚陽老人〔いぬづかようろうじん〕」は、直弼の兄である彦根藩主井伊直亮〔なおあき〕の側役を勤めた犬塚外記のことです。内容から直弼の埋木舎〔うもれぎのや〕時代の手紙と見られます。直弼は、世継ぎとなる前から年輩の犬塚と親しく、直亮への取りなしを頼むなど、犬塚をとても頼りにしていました。
雲母〔きら〕をひいた美しい巻紙に文〔ふみ〕が認められたのは、晩春の3月18日。手紙の冒頭で直弼は、犬塚が早春に詠んだ和歌を「いつも一趣向があってとても面白い」と褒め称えたうえで、犬塚の訪問がないままに、庭前の桜の花が散ってしまったことを惜しんでいます。さらに、儒者中川禄郎〔なかがわろくろう〕と龍潭寺〔りょうたんじ〕の僧侶、仙琳寺〔せんりんじ〕の僧侶を屋敷に招き歌会を先頃催したが、秀作と思える和歌ができなかったので、近頃詠んだ和歌2首を贈ると述べています。
埋木舎時代の直弼が執心したものに和歌がありました。この手紙からは、親しい儒者や僧侶、藩士らと交わりながら、風雅の道を追い求めていた直弼の日常が垣間見えます。
教育普及活動のひとこま平成20年度の「はくぶつかんへ行こう」
当館では、彦根市内の小・中学生を対象とした体験教室「はくぶつかんへ行こう」を開催しています。平成20年度は、開催中の「井伊直弼〔いいなおすけ〕と開国150年祭」にちなみ、開国に揺れる幕末の政局に取り組んだ大老〔たいろう〕井伊直弼の生涯と事績を、博物館特製の「直弼かるた」を使って、楽しみながら学ぶ内容で行っています。
上半期は5月24日(土)からスタートし、7月までに5回開催。小学校8校から52名の参加者がありました。教室では、44枚のかるたを、1札ごとに学芸員の解説を聞きながらとっていきます。勝ち負けのない特別ルールですが、札が少なくなってくると会場内は熱気に包まれます。かるたの後は、展示室で直弼直筆〔じきひつ〕の手紙やゆかりの資料を見学。かるたで紹介した直弼の花押〔かおう〕をすぐに見つけたり、直弼の国学〔こくがく〕の師で腹心〔ふくしん〕でもあった長野義言〔ながのよしとき〕の名前を言うことができたり、子どもたちの吸収力には毎回驚かされます。
かるたの製作や教室の運営には、博物館支援スタッフが加わっています。スタッフと一緒にかるたを楽しみながら、子どもたちはルールを守ってお互いに思いやる姿勢を学んでいるようです。
下半期は9月から始まります。上半期開催の学校を除く小学校9校と中学校を合わせ、8回を開催します。