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芹川は、彦根に城下町が出来る以前は、現在のJR線と芹川が交わる猿尾と呼ばれるところから、北流して松原内湖に注いでいたと伝えられ、周辺には、渕や沼の多いところであったようです。江戸時代の初めの、花井清心という人によって作られた『彦根古図』と呼ばれる古絵図には、当時の景観や、史跡が描かれています。この絵図は、最初に描かれたものは伝わっておらず、現在は写し取ったものがいくつか見られますが、当初のものに書き加えられたり、省略されているため、それぞれ異なる点もあります。 たとえば、『彦根市史』に載せられたものは、現在の芹川の位置に、「和川」という川が、旧河道から分岐しているように描かれていますが、その他のものには見られないことなどです。 |
![]() 彦根古図部分(滋賀大学経済学部附属資料館所蔵) (写真をクリックすると拡大表示されます) |
| 芹川の観察ガイド |